2011年9月29日木曜日

被災地ボランティアレポート 【ボランティア9月11日(日):4日目】その2

910日(土)3日目  松平兄弟

本日も2チームに別れ、松平兄弟チームは水の配給チームへ。

1.5ℓのペットボトル×12本を計90世帯分届けるという活動です。

RQスタッフの方のつながりで各地域の区長さんと連絡をとり、
届ける場所と本数を決め、軽トラ、軽自動車、平ボディ車、の3台で移動しました。
(中山 15世帯、名足6世帯、石浜65世帯、寄力9世帯)




合計 1.62tの手作業の積込と配給です。(1.5ℓ×12本×90世帯=1620ℓ)
腰がいたい・・・




行く先々ではすでに、地元の方が集まられており、
ペットボトルをお渡しする際、色々なお話も聞くことができました。


311日地震当日の話、
当日から今日までの苦労の話、
そして今日から明日への希望の話。

これからも物資の支給を続けてほしいと願う人と
自立のためにもう、配給はやめてほしいと僕らに訴える人。

ありがとうと言う人と、
何も言わずに持ち去る人。


僕にとっては貴重な時間だったと感じています。

2011年9月28日水曜日

被災地ボランティアレポート 【ボランティア9月11日(日):4日目】その1

中部営業所の松平です。4日目他のブログを担当します。
今回、私は4つ年下の弟と参加させて頂きました。


最終日のご報告…  の前に、
私と弟の兄弟チームは佐中さん鈴木君ペアとは違う活動を
2日目、3日目とさせて頂きましたので、
その簡単なご報告からさせて頂きます。


99日(金)2日目  松平兄弟

「ベトナムから物資が中学校に大量に届いた。
中身がわからないので、箱を空けて仕分けして欲しい」

との先生からの依頼があり、
我々兄弟含め、10数名で朝から歌津中学校へ。

到着してみると、段ボール約100箱が教室に山積み。

みんなで手分けして空けてみると・・・


中にはなんと大量のおもちゃ!




バービー人形、バットマンのフィギュア、トーマスのおもちゃ、
そして幼稚園、小学生向けのスニーカーに、かわいい洋服。

「ありがたいけど、なんで中学校に・・・
ここでは使えないから、仕分けして、配布してくれませんか?」

という先生の依頼を受け、みんなで仕分けの作業をしました。
あまりに種類が多く、仕分けも難航しましたが、無事作業終了。

その後、歌津の保育園、小学校とコンタクトをとり、少しずつ配布しました。
配布しきれず、残ったものに関しては、
後日、配りやすいよう男の子用セット・女の子用セットを用意しました。
(鈴木君のブログにあるとおり翌日、配布)

中学校の先生に大変感謝されました。


適正な場所への適正な物資と量の支給。
送る側としてはそれを把握する事は非常に難しく、好意で送った物資が被災者の方の負担になってしまう現実もあるという事を知り、こういった活動は送り手から受け手の好意を繋ぐ大切な役割なのだと感じました。

2011年9月27日火曜日

被災地ボランティアレポート 【ボランティア9月10日(土):3日目】

南関東営業所の鈴木です。3日目のブログを担当します。

歌津中学チーム参加者:佐中、鈴木

本日の午前中は、全国から歌津中学校へ送付された文庫本、マンガ本、絵本類の整理。

大量に送られた書籍を一旦ある部屋へ保管していましたが、その部屋は「相談室」。

校外カウンセラーの方からも相談室として使用できる状態に早くして欲しいと言われているそうで、目指せ「相談室 兼 マンガ喫茶!?
(二室はカーテンで仕切れるようになっています)

まずは書籍以外の荷物の整理、移動を行い、いざ書籍の選定へ。
善意で送っていただいた本も、きちんと整理しないと生徒が利用できません。
相談室の隣が図書室のため、特にマンガを中心に残して欲しいとのこと。
足りない巻数がないかの確認、どんなジャンルを残すかの検討を、
マンガが好きな数名のメンバーで選び、どんどん本棚へ。

レイアウトもばっちり行い、とっても素敵な相談室へ様変わりしました。

途中、部活帰り?の生徒たちが部屋をのぞいていきました。
学校にマンガが堂々とあるのも不思議だけれど、マンガから学ぶことはたくさんあります。
この部屋での時間を有効に使って、素敵な大人になってね、みんな!


お昼は青森県の地鶏、地豚、地牛のスペシャルメニューを炊出しして頂いた団体様からの
BBQに舌鼓を打ちつつ、午後の作業へ・・・。


午後は、昨日ボラが仕分けしたおもちゃ類(ベトナムからの支援物資)を子どもたちへ配布。
予想以上に人気があり、自分の大きさ以上になった袋を引きずりながら歩く姿がちらほら。
さながらセール会場のようで、保護者&子ども達のパワーに圧倒されつつ、
しまいにはその場で遊びだす子ども達も。
「一緒に遊ぼうよ!」と誘われ、童心に返って8歳児向けのおもちゃで遊んでいました!

中には保護者の方に「そんなに置けないから戻しなさい」といわれ、泣きながら戻す子どもも。
仮設住宅ではスペースが限られて、全部は持って帰れないよね。
友達同士、部屋を行ったり来たりして、色んなおもちゃを楽しんでね!


最後は送られた支援物資の一部が保管されている倉庫(図工室?)の整理。
通常の学校業務で必要な物資(コピー用紙等)と食料や水等の支援物資。
それぞれ必要な時期、タイミングが異なるため、倉庫整理のスペシャリストが必要だなぁと感じました。

二時間程度の力作業、数日間のボランティアなら何てことない作業だけれども、
日々そういった作業を行わなければいけない現地の先生方は、その二時間だけでも体力を捻出するのが大変な様子。
本当に短い時間だけれど、きれいになった部屋にとても感謝&感動され、
うれしくも、物足りない、そんな歯がゆさを残しつつその日の作業は終了しました。

最後は一日共に作業を行ったメンバーで、ハイ、チーズ!
仕事のつながりでいらっしゃったインドの方が3名いて、ナマステポーズで締めくくりました。


2011年9月26日月曜日

被災地ボランティアレポート 【ボランティア9月9日(金):2日目】

05:00 起床
朝食準備です。20人前の朝食とあって米の火加減が難しく、アシスタントに徹し洗い物や跡片付けをしました。




朝食後、作業開始です。
松平兄弟組は中学校で支援物資の仕分け作業、佐中、鈴木組は支援物資の韓国ラーメンを仮説住宅へ
配布する作業と其々分かれての作業となりました。

まずはテント倉庫内のラーメンを「平成の森」へ運ぶ作業ですが、大量(250~300箱)にあるため1世帯づつ配布することは難しいため、ある程度纏めて1箇所へ置いて各自で取っていって貰おうということになり、そのための看板?ポスター?作りからはじめました。




ここで鈴木君が意外な才能を発揮、すばらしい看板が出来上がりました。



早速、仮設住宅の一角に物資を纏め置きすると、あっという間に物資はなくなり慌てて追加で倉庫に物資を積みに行きました。




結局、平成の森には3往復し約250箱を配布しました。
その他、伊里前小学校仮設、歌津中学校仮設など配布し無事完了しました。

印象的だったことは、作業リーダーが物資が平等に配布されているかどうかを想像以上に気にされていたことです。

その夜地元の方とお話する機会があり、物資が原因でコミュニティの間で問題になっている。ということを聞かされ、「平等」ということの難しさを知りましたが、とても切ない気持ちになりました。
複雑な想いを旨に就寝しました。




2011年9月22日木曜日

被災地ボランティアレポート 【ボランティア9月8日(木):1日目】

【ボランティア98日(木):1日目】
マーケティング支援課の佐中です。今回のボランティアの1日目・2日目のブログを担当します。

参加メンバー:松平兄弟、鈴木、佐中 4

10:00 本社出発

さわやかな秋晴れの中、アミタ本社を出発。
途中渋滞にはまりながらも、お昼頃蓮田SAで休憩し、再び三陸へ。
登米のICを降り、しばらく走った道の駅にて最後の休憩をしているとそこで、思わぬ人と遭遇!「東北オフィスの松島さん!」
まさか、たまたま立ち寄った休憩場所で遭遇するとは・・・
聞けばこの辺りは松島さんの営業エリアで「庭」のようなものであるとのこと。
ひとしきり話をした後、各々目的地へ。

車を走らせ歌津に近づくにつれ、あらためて現実であったことを思い知らされました。

VCへ到着し、ドタバタとテントを張りオリエンテーションを受けました。
その後、夕食を頂きミーティング時に当日の作業報告、翌日の作業予定や食事係などを決めました。
主に朝食係、夕食係、トイレ清掃係、ブログ係などをミーティング時に決めます。

翌日の朝食担当として、現地ボランティア暦の長い「のんさん」と佐中が立候補して決まりました。
作業予定・係り決めは、基本的に立候補(自主性)に任されて、決まることが多い感じです。

その後、魚竜の湯(現地で無償で提供頂いているありがたいお風呂)をいただき、明日への活動に備え就寝。

2011年9月4日日曜日

被災地ボランティア第5便レポート 南関東営業所 小峯 ④

828日 東京へ
「震災から170日」
恒例の朝のミーティングで、ホワイトボードの文字が書き換えられました。

時間が経つにつれ、被災地から離れて生活する私たちには、自然に被災地の情報に触れることが少なくなって来ています。事実としてまだまだ避難生活を送る人がたくさんいることを知ってはいても、実感がわきません。その人たちがどんな人たちで、どんな事情があって、どんな気持ちで生活しているのか。そしてその人たちを、無償で無休で支え続けている人たちがいること。忘れてしまうのは怖いことだと思いました。
ボランティアに参加し被災地に入って、人々と話すことで、これを胸に刻みつけることができたと感じます。

RQ歌津センターに残り今後も活動を続ける皆さんと握手を交わし、私たちは東京へ向かいました。


地域の方々との交流会でつかう天狗ポストをつくっているところ。と天狗。

2011年9月3日土曜日

被災地ボランティア第5便レポート 南関東営業所 小峯 ③

827日 津波をかぶった畑、魚網のクリーニング
この日は、埼玉県から旅行会社のコーディネートで、高校生を中心に多くの方々がバスでボランティア活動に参加に来てくれました。
二手に分かれて、午前中は1チームは津波をかぶってしまった畑の片付け、もう1チームは魚網の掃除、午後からは合流して畑の片付け作業を行いました。





私は畑掃除班に入りました。畑に到着してみると、津波が運んできた漂着物まじりの土の上に背の高い夏草が生い茂り、とても野菜を育てていた場所には見えませんでした。

機械で草を刈り払い、スコップで漂着物を掘り起こし、手作業で根を抜きました。服、下着、食器、おもちゃ、会社の書類や看板、ストーブや電柱など、生々しい生活の跡が大根や人参とともに草の合間や地面から出てくるさまは、不思議なように感じました。

午後からは魚網クリーニングチームも加わり、総勢40名程度での作業です。夏草で覆われていた土地は見る見るきれいになりました。

草や漂着物は、道路脇に集めて積み上げました。
「この後、どうなるか決まっているですか?」
「さあ、どうしましょうか…」
見渡せば同じようにいたるところで道路脇に漂着物が積み上げられています。膨大な量の災害廃棄物の行き先は、まだ多くの場所で決まっていません。

掃除を終えて夕方、今度は支援物資を配りにRQ歌津センターの近隣に建つ仮設住宅をまわりました。
「支援物資はご入用でしょうか。水、米、醤油や缶詰などがあります」
といってまわると、今困っていないから困っている人に回してください、という方や、ありがとうございます、本当に助かります、と様々な方がいらっしゃいました。
「支援物資は、難しいんです。」
先輩ボランティアの方は言います。
平等に配布しなければ、むしろ確執のもとになってしまうこともあるとのこと。ひと世帯あたりの人数や、行政の支援をどの程度受けられているのか、世帯ごとの事情を把握する必要があると言います。
「行政の一律な支援では手の届きにくい部分を、丁寧に手当てするのが私たちの役割ですから」
と話してくれました。