2011年4月30日土曜日

被災地に入りました!



こんばんは。アミタ社員の山崎です。

普段は、姫路にある姫路循環資源製造所で働いています。

今回は、ゴールデンウィークの休暇を利用して、被災地ボランティアに参加しました。



アミタグループは今回、日程を分けて、前半の第一グループと、
後半第二グループで活動をします。



私が参加したのは第一グループで、私を含むアミタ社員計9名が29日朝に東京を出発し、

のべ約8時間かけて被災地、南三陸町歌津地区に到着しました。

現地で合流した社員・役員3名を加えて総勢12名です。



そして本日、ようやく活動がスタート。



朝9時には宿泊テントを出て、まずはテント近くにある、

伊里前小学校の体育館に、

全国各地から送られた衣服類の運び込みを行いました。






明日には、こちらの体育館にて被災された方に配布されるため、

アミタ社員を含め、50名弱もの方々がバケツリレー方式で、段ボールを運びました。



女性用・男性用衣服のほか、タオルや子供服、防寒着など、

様々な善意が届けられていました。

中には、箱の外面に、「がんばってください」といったような、温かいメッセージが添えられたものもあり、

胸が熱くなりました。



運び込みは、全員で協力したおかげで早く終えることが出来、

次は小学校の斜面のゴミ拾いを行いました。



高台にある学校ですが、やはりそこにも津波が押し寄せたそうで、

紙くずやガレキなど、様々なゴミが散乱していました。





かなりの急斜面でしたが、こちらも皆で協力した結果、2時間程度で、

とてもキレイになりました!



午後からは、同小学校の校庭に落ちているガラスを

皆でいっせいに端から拾いました。






一見するとキレイな校庭でしたが、しゃがんでよく探してみると

鋭いガラス破片がたくさん落ちていました。

子供たちが、安心して、校庭を元気に走り回れるように、

と願いをこめて、皆一心に作業に励みました。



ただ、こちらの作業は途中雨が振り、一時中断。

止む様子がなかったので、しばらく雨の中拾いましたが、

雨が強くなってきたので、残りは明日、ということになりました。



活動終了後は被害の大きかった地域を視察させていただき、

想像を絶する光景に言葉を失いました。










まだ被災地に入って1日目ですが、

明日以降も引き続き、復興に向けて活動に励みたいと思います。




2011年4月29日金曜日

GW被災地ボランティア

事務局の名城です。

さて、本日の朝早く、アミタグループの有志一同が、南三陸町歌津地区のボランティアとして
出発いたしました。

現地では主に、復興するうえで一番必要とされているがれきの撤去などを行う予定です。
ただまだボランティアの拠点としての機能が十分にない場所とのこと。
テントと寝袋、そして水や食料を持って向かいました。
とにかく安全第一に活動してほしいと願っています。

また5月3日からは第2グループも出発します。(私も参加します)
少しずつではありますが、復興が終わるまで長く活動を続けていきたいと思っております。

2011年4月26日火曜日

チューリップ

「ひと・つながり募金」事務局の名城です。

日本バイオマスネットワークさんの活動よりご紹介します。

そこには、チューリップを避難所に配達されている写真が掲載されています。



お花を見るだけで私まで癒されます。

今回の震災でいろいろな支援があるのだと感じました。

2011年4月18日月曜日

あみたんぼ

突然ではありますが、アミタグループには「あみたんぼ」があります。
アミタグループの社員有志とその友人・知人で運営される田んぼです。

そして東京本社では、週2回、社員向けに、「あみたんぼ」で取れたお米を
「寝かせ玄米」にして作ったお弁当が販売されています。
(※「寝かせ玄米」については提携先の「株式会社結わえるHPを参照下さい)

風味豊かな玄米と、具を大きく切ったお野菜中心の汁物がセットになっており、
低減あるいは無農薬のものばかりで作られたお弁当は、とても美味しく人気のランチです。

今回、その「あみたんぼ」のメンバーの皆さんが、
第一期融資期間内の4月末までの「あみたんぼランチ」販売分について、
お弁当1個につき50円分を寄付をしていただけることになりました。

本当にありがとうございます!

今回は、どんなに高価で美味しいお弁当よりもきっと格別です。

そしてテーブルフォーツーのようなスキームが、身近で簡単に出来るのも
アミタグループならではと思いました。

(文責 名城)

応援メッセージ大募集

「ひと・つながり募金」事務局の名城です。

ただ今、皆様からの応援メッセージを広く募集いたしております。
「ひと・つながり募金」事務局までEメールにてお寄せください。

hito-tsunagari@amita-net.co.jp

このブログの左側にもすでに掲載しておりますが、
応援メッセージを書いた紙を持った写真をGW中、
被災地へ届けたいと考えております。

写真ですと、メッセージがより親近感を持つと思いませんか?

皆様のご協力とご支援をお願い致します。


(文責 名城)

2011年4月15日金曜日

ボランティア保険

「ひと・つながり募金」事務局の名城です。

さて、GWを目の前に、多くの方々が震災ボランティアだけではなく
様々な地域のボランティアをされる機会が多いと思います。

そこで今回はボランティア保険のご案内です。

このボランティア保険には大きく分けて2種類あります。
スタンダードプランと天災用プラン。
天災用は、熱中症・地震・噴火・津波による怪我にも保証されます。

ボランティア保険は、1年間有効で、
基本4月1日から翌年3月31日までが契約期間となっています。
個人での契約のため、その間、違った団体でボランティア活動をしても
保証されます。

ちなみに天災プランは、年間保険料600円~1400円です(東京都)

詳細は → こちら 

この保険は、各市区町村社会福祉協議会ならびに
各都道府県社会福祉協議会のご協力で成り立っていますので
詳細は、必ずお近くの社会福祉協議会などにお問い合わせください。

ちなみに各市町村でこの保険の助成金もあるようです。

例えば千代田区の場合、
千代田区内での活動の意思(!)がある個人の方は、
ちよだボランティアセンターに
「ボランティア活動希望及び保険加入連絡用紙」を提出することにより、
千代田区社会福祉協議会のボランティア保険料助成制度(150円)を利用することもできます。

申し込み先と助成元が同じ場所にあることが多いですので
ぜひ申し込みの際に調べて活用しましょう。

そして、くれぐれも安全に有意義な支援を心掛けたいと思いました。



(文責 名城)

2011年4月13日水曜日

被災地・支援団体訪問レポート <その3>

「ひと・つながり募金」事務局の佐藤による被災地レポートです。
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大震災からちょうど1ヶ月になる411日を、被災地で迎えました。

今回、復興の足音がまだ遠い被災地を巡り、
さまざまな立場の方からいろんな話を聞きました。
断片的なことしか分からない今の私には、
とてもそれを総括することができません。

ここでは被災地で聞いた生の声や情報をそのまま順不同で紹介します。

津波に襲われた元の家には戻れないが、この町を離れたくない。
避難所で地域の絆が強くなった。一緒に暮らし続けたい。
地元の木材を使って仮設住宅や復興住宅を建てたい。
着の身着のままで逃げてきた。避難所では、
食べ物をいただけるだけでもありがたい。
ぜいたくを言えば、熱いごはんと味噌汁が食べたい。
この歳になってこの町を離れたくない。
もういつお迎えが来てもいいんだから。
自衛隊が入って物資が行き渡るようになった。ありがたい。
生活の見通しがまったくわからない。どうしたらいのか。
避難所で亡くなる方もいる。早く何とかならないか。
避難所に支援物資が届いたとき、役所は「もう不要だから」と断ってしまった。
せっかく遠くから運んでくれたのに。
役所の人たちも大勢亡くなり、役所が機能していないようだ。
避難所の体育館の中には救援物資が積まれ、
人々は廊下やロビーに溢れている。おかしくないか?
これから暖かくなってくると、衛生状態が心配だ。
いまも風邪をひいている人が多い。
避難所で不便はないが、暇を持て余している。早く仕事がしたい。
まだ大きな地震が起きる可能性があるらしい。
恐ろしくて海の側には住めない。
高台に家を建てて住めたらいい。
ボランティアの横の連携が取れていない。
余っている所とまったく足りない所がある。
ボランティアにしてほしい仕事はいっぱいある。
なぜこの避難所には来ないのか?
ある学校では2/3以上の児童が亡くなった。
地震直後、規定の方針に沿って校庭に集まるように避難指示が出たが、
その場の判断で高台に逃げたクラスの児童だけが助かったという。
自宅を再建したいが、とてもお金がない。
町の大半が漁業・水産関係で仕事をしている。
復旧するかどうか、また仕事に就けるかどうか、皆が心配している。
役所はこのような時でも、立場や建前、手続きにこだわっている。
誰のためか?
これだけ何もなくなって復旧の見通しが立たなくても、
町を離れて出て行く人は少ないのではないか。
ふるさとを離れたくない人がほとんどだと思う。
新たな集落復興の地として、
地域の結の組織で所有する山林を使うよう申し出たい。
周りの支援者とともに再建したい。



 「全国から救援物資が届いている。その多くが個人の善意だ。
本当にありがたい。荷降ろしはいつも手伝っているが、
感謝の気持ちを届けたくて、こんなものを作ってドライバーに渡しているんだよ。」


【写真:被災地の向こうには、震災前と変わらない、美しい三陸の海】


(文責:佐藤)

2011年4月12日火曜日

被災地・支援団体訪問レポート <その2>

4月9日(土)には、石巻市の石巻専修大学にある大規模な支援センターも
訪問しました。
そこには、「ひと・つながり募金」の寄付先である
セカンドハーベスト・ジャパン(以下、2hj)の大型トラックが
救援物資を満載して到着したところでした。
東京で集めた物資を現地の支援団体の拠点に届ける役目をしています。
この他、仙台市内に拠点を置き、小さなトラックで小規模な避難所に
直接物資を届ける活動も行っています。
仙台拠点の配島さんの話によると、救援物資は一通りいき渡った様子だが、
支援が退いて食料がまた不足する避難所があるなど、
継続的なケアが必要とのこと。
今後は、仮設住宅が建ち始めるとニーズも変化してくるので、
じっくり対応していきたいとのことです。






【写真5、6:テントに入り救援物資を下ろす
セカンドハーベスト・ジャパンのトラック】




今回2hjが石巻で支援物資を届けたのは、NGOピースボート。
ピースボートは100人規模でボランティアを東京から送り込んでおり、
1週間交替で被災地の泥掻きや炊き出しを行っています。
その日はちょうどボランティアが入れ替わる日でしたが、
2hjが運んできた物資をリレー方式で手際よく降ろしていました。
素人のボランティアが被災地に入るのはいかがなものか、
という議論もありますが、実際に被災地で聞いた話を総合すると、
ボランティアはもっともっと必要で、避難所の生活支援や泥掻きなど、
やってほしいことは山ほどあるようです。
課題なのは、広範囲に渡る被災地で、
ボランティアを適切に配置し動いてもらう仕組みがないこと。
ボランティアが余っているように見えることがあるのもそのためのようです。
個人的なことです恐縮ですが、そこで偶然、横浜に住む知り合いに
三年ぶりに出会いました。
仕事を調整してようやく現地に駆けつけたとのこと。
格別に嬉しい再会でした。

10日(日)、南三陸町の災害対策本部が置かれる避難所
(ベイサイドアリーナ)を訪問。
そこは多いときには1500人、今でも1200人が避難しています。
ロビーや狭い廊下には避難された方々が溢れ、
とても厳しい環境で日々を過ごしている様子です。
入口には、行方不明者が発見された時の状況や服装、
特徴が書かれた紙がびっしり貼られています。
そして、外の白いテントには数多くの遺体が安置され、
身元確認と埋葬を待っていました。





【写真:南三陸町の避難所になっているベイサイドアリーナ入口】


【写真:南三陸町の被害の様子-もとは家並みがあった場所。】



そこでお話した男性は、「これから衛生管理が心配だ」と顔を曇らせます。
その方は震災前は製材の仕事をされており、
「ここにいて不便はないが、早く仕事がしたい。」とのこと。
避難所の回りを駆け回って遊ぶ子供を見て、
「子供たちは元気でいいね」と笑顔を見せてくれました。

募金の寄付先である「日本の森バイオマスネットワーク」は、
ここでも活躍です。
WFP(国連世界食糧計画)が避難所に大型テントを建てたいが、
施工してくれる業者がみつからない、という情報を聞きつけ、
ボランティアで施工することを即決で引き受けました。
ネットワークの関係者、栗駒木材の社員、
そして避難所に応募してきたボランティアが力を合わせ、
奥行き30mにもなるテントを組み立てます。



【写真:WFPのテントを建てるバイオマスネットワークのボランティア】


翌11日に完成したテントには、さっそく災害ボランティアセンターが入り、
ちょうど降り出した雨をしのぐことができました。
これから、体育館に置かれている救援物資や
被災地で見つかった遺留品の置き場に使われる予定です。
このテントのお陰で、避難所の環境が少しでも改善されることを祈ります。





【写真:完成した大型テント】


民間の小さな避難所も訪れました。
そこは海岸から1kmほど入ったお寺です。
大震災が嘘のように静かな時間が流れるお寺。
この地区も津波に教われ、お寺には多い時で60人、
いまは27人の方々が避難しています。
そこではバイオマスネットワークが届けたペレットストーブや
薪ストーブが、避難所の暮らしを支えていました。
薪で焚くテントのお風呂も置かれ、とても快適そうです。
そこで薪割りをしていたのは、避難している高校一年生の男の子。
薪割りは初めてということですが、黙々と薪に向っている姿が
印象に残りました。
地域の人々が支え合いながら暮らす小さなお寺。
ここに、未来につながる確かな光を見た気がします。






【写真11、12: 南三陸町の谷間にあるお寺の避難所。
ソーラーパネルも置かれている。】



【写真13: お寺のすぐ下に流されてきた軽トラック。
この地も津波が襲い、多くの家が見る影もなく流された。】



日本の森バイオマスネットワークの唐沢さん(事務局長)と、
一緒に活動する栗駒木材の大場さん。
「近くで悲惨な目に会っている人たちを放っておけない」(大場さん)と、
休みなしで被災地と支援者の間を駆け回っています。


その強い信念に心を打たれ、状況に即応する行動力に感銘を受けました。
いま、ネットワークを基点に支援のつながりが広がっています。


2011年4月11日月曜日

寄付先の活動報告サイトのご案内

事務局の名城です。

今回「ひと・つながり募金」第一期寄付先に選定させていただいたのが
「セカンドハーベストジャパン」さんと
「日本の森バイオマス・ネットワーク」さんです。

「セカンドハーベストジャパン」さんは、仙台に支援拠点を設置し、
「日本の森バイオマス・ネットワーク」さんは、宮城県栗原市に志波姫中継所を設置し、
どちらも被災地で細やかで丁寧な支援をされています。

これらの団体はインターネットのサイト上で活動報告がされおり、
日々刻々と現場での活動が変化しているのがわかります。


セカンドハーベストジャパン震災支援状況報告 
  


日本の森バイオマス・ネットワーク災害支援活動報告(栗駒木材HP内)


ぜひ皆様、こちらも合わせてご覧ください。

2011年4月10日日曜日

被災地・支援団体訪問レポート <その1>

4月8日(金)午後11:00、佐藤(アミタHD)、澤田(アミタ持続可能経済研究所)、
鴨崎(信頼資本財団)の3人は東京駅で待ち合わせ、
宮城県栗原市に向けて出発。
途中、栃木県内のとある施設に寄って支援物資を積み込み、
翌9日朝5:30に栗原市に着きました。

今回の被災地訪問は、「ひと・つながり募金」の寄付先団体である
「日本の森バイオマスネットワーク(以下、バイオマスネット)」と
「セカンドハーベスト・ジャパン(以下、2hj)」の活動の様子を拝見することと、
そして被災地の状況とニーズを把握することを目的にしたものです。

まず、栗原市にあるバイオマスネットの志波姫中継所にて、
バイオマスネットの唐沢さん、連携する栗駒木材㈱の大場さんらと合流。
そこには全国から支援物資が届き、
避難所や自宅避難者のニーズにきめ細かく応じて搬送されます。
アミタからのささやかな支援物資もその仲間入り。
最近は野菜類に力を入れていたようですが、物資の供給はおおむね行き届いたと判断し、
定期的な供給に区切りをつけ、設置済みのペレットストーブのメンテに合わせて
臨機応変に物資を届けていくとのことです。





【写真:バイオマスネットの志波姫中継所】

バイオマスネットがペレットストーブを設置した石巻市大須小学校を訪問。
その途中、被災地の姿を目の当たりにしました。
どこまでも、どこまでも、続くガレキの山、そして山。
小雨に濡れる街は、行方不明者の捜索やガレキの処理に当たる自衛隊の姿以外は
人影も少なく、無残な姿を寒々しく晒していました。
津波という自然の力を前に、人間はいかに無力であったか。
20mを超える津波に襲われ、まさに呑み込まれた人々の恐怖と無念はいかばかりであったか。
それを思うと胸の痛みを抑えられませんでした。



【写真:壊滅的被害を受けた街。4階建ての建物の上にクルマが載っている】



【写真:20メートル近い丘の上まで津波が来た爪跡】

避難所になっている大須小学校には現在、300名ほどの避難者が暮らしています。
まだまだ朝晩の冷え込みが厳しい避難所では、
バイオマスネットが設置したペレットストーブが赤々と燃え、
人々の身体と心を温めていました。
人々は丁寧にストーブを管理してくれており、
「チロチロと炎が見えるのがいいねぇ」としみじみ語っていました。

ここの避難所には既に物資は充分に届いています。
「足りないものは?」と聞くと「お金ぐらいだね(笑)」。
まとめ役のお年寄りはストーブに当たりながら、
「もう元の場所には戻れないだろう。再建には何年もかかると思うが、この地を離れたくない」
「震災で絆が深まった近所の仲間と暮ら続けたい」と今の心境を語ってくれました。

(次に続く)

2011年4月8日金曜日

被災地・支援団体訪問レポート <その1>

48日(金)午後11:00、佐藤(アミタHD)、澤田(AISE)、鴨崎(信頼資本財団)の3人は東京駅で待ち合わせ、宮城県栗原市に向けて出発。途中、那須にある森林ノ牧場に寄って支援物資を積み込み、翌9日朝5:30に栗原市に着きました。

今回の被災地訪問は、「ひと・つながり募金」の寄付先団体である「日本の森バイオマスネットワーク(以下、バイオマスネット)」と「セカンドハーベスト・ジャパン(以下、2hj)」の活動の様子を拝見することと、そして被災地の状況とニーズを把握することを目的にしたものです。

まず、栗原市にあるバイオマスネットの志波姫中継所にて、バイオマスネットの唐沢さん、連携する栗駒木材㈱の大場さんらと合流。そこには全国から支援物資が届き、避難所や自宅避難者のニーズにきめ細かく応じて搬送されます。アミタからのささやかな支援物資もその仲間入り。最近は野菜類に力を入れていたようですが、物資の供給はおおむね行き届いたと判断し、定期的な供給に区切りをつけ、設置済みのペレットストーブのメンテに合わせて臨機応変に物資を届けていくとのことです。

バイオマスネットがペレットストーブを設置した石巻市大須小学校を訪問。その途中、被災地の姿を目の当たりにしました。
どこまでも、どこまでも、続くガレキの山、そして山。小雨に濡れる街は、行方不明者の捜索やガレキの処理に当たる自衛隊の姿以外は人影も少なく、無残な姿を寒々しく晒していました。
津波という自然の力を前に、人間はいかに無力であったか。20mを超える津波に襲われ、まさに呑み込まれた人々の恐怖と無念はいかばかりであったか。それを思うと胸の痛みを抑えられませんでした。

避難所になっている大須小学校には現在、300名ほどの避難者が暮らしています。そこにはバイオマスネットが設置したペレットストーブが赤々と燃え、人々の身体と心を温めていました。人々は丁寧にストーブを管理してくれており、「チロチロと炎が見えるのがいいねぇ」としみじみ語っていました。

ここの避難所には既に物資は充分に届いています。「足りないものは?」と聞くと「お金ぐらいだね(笑)」。まとめ役のお年寄りはストーブに当たりながら、「もう元の場所には戻れないだろう。再建には何年もかかると思うが、この地を離れたくない」「震災で絆が深まった近所の仲間と暮ら続けたい」と今の心境を語ってくれました。

(続く)

2011年4月7日木曜日

応援メッセージ2

こんにちは、事務局の名城です。ご支援ありがとうございます。

さて今朝、出社の途中、靖国通りの桜が満開でした。
来年のこの時期には少しでも笑顔や元気が日本中で溢れることを願わずにはいられません。


寄付者の皆様からいただいたメッセージをご紹介します。
(このメッセージは、震災に関する応援メッセージとなっています)

■この度の東北地方太平洋沖地震でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると共に、
被災された地域の皆様とそのご家族と繋がる全ての方々に、心よりお見舞い申し上げます。
私には1日も早い復興と笑顔を取り戻して頂く事をお祈りすることしか出来ませんが、
本当に皆さん頑張ってください。

■阪神大震災を経験しました。いま自分で出来る事を模索しています。

■神戸からも応援してます。

■いつか皆で笑い合えるように、その時まで未来を諦めない。



こちらは、信頼資本財団のHPから募金の申し込みをすると、震災関連に関する応援メッセージを記入する欄があります。

そしてこのメッセージは、このブログで紹介してまいります。
またメールでも広く震災に関するメッセージを受け付けておりますので
よろしくお願い致します。

ご寄付をいただいた皆様、本当にありがとうございました!

2011年4月4日月曜日

応援メッセージ1

事務局の名城です。

早速募金をしていただいた方から応援メッセージをいただきました。




■今私に出来ることは多くはありませんが、被災地の皆さんに少しでもご協力できればと思います。復興に向けて一緒に頑張りましょう!

■前を向いて、志と力を合わせて、希望ある未来をともに創りましょう!

■今頑張っている全ての人へ、エールを送りたい。

などなど。



これは、信頼資本財団のHPから募金の申し込みをすると、震災関連に関する応援メッセージを記入する欄があります。

そして、これからこのブログで少しずつ紹介させていただきたいと思っています。

寄付をしていただいた皆様、本当にありがとうございました!

オンラインで募金ができるようになりました!

「ひと・つながり募金」は、 公益財団法人「信頼資本財団」とともに運営し、同財団内に設置しています。



同財団のウェブサイトで、「ひと・つながり募金」への募金ができるようになりました!
http://www.shinrai.or.jp/fukkou-shien/



なお、同財団のご厚意により、今回の被災地支援に関しては、財団の運営手数料なしで全額が支援団体に寄付されるほか、クレジットカードの手数料は財団が負担してくださいます。





(ちなみに、同財団は特定公益増進法人にあたるため、寄付者は確定申告をすることによって寄付金控除の優遇措置を受けることができます。詳細は、財団ウェブサイト http://www.shinrai.or.jp/donation/qanda.html#q1 をご覧ください)


これに加え、皆さまからの募金と同額をアミタホールディングス株式会社がマッチングギフトとして寄付いたします。


未曽有の災害に見舞われた被災地のために、皆さまのご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

ひと・つながり募金ブログを設置いたしました。

アミタグループは、このたび、被災地復興に向けて長期的に支援するために「ひと・つながり募金」を開始いたしました。


このブログで、募金の呼びかけ、ご報告、被災地へのメッセージ掲載などを行っていく予定です。


募金の趣旨については、以下のプレスリリースをご覧ください。
http://www.amita-net.co.jp/info/release-20110401-001932.html





復興支援は長期にわたるかと思いますが、これから、どうぞよろしくお願いします!